朱乃紅スキゾ日記

管理人朱乃紅の統合失調症の闘病記、雑記

私と音楽の関係

音楽療法の学校の願書に書いた文章です。

音楽療法士になることは、諦めました。しかし、音楽と私の関係は続いて行きます。

せっかくだから、ここにその時提出しなかった文章(加筆修正した)を掲載します。

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私と音楽の関係は、遡ると幼少時にアイドルのピンクレディーが好きだったところから始まると思います。それから幼稚園に入って少し楽器を使った習い事をしていました。

小学校に入ってからヤマハ音楽教室に入ってピアノを習っていましたが、ほとんど身が入らず、中学一年まで続けていましたが、その時に弾けたのは、「エリーゼのために」だけでした。しかし、音楽への興味はずっとあって、当時爆発的なヒットを飛ばしたファミリーコンピューターのゲーム、『ドラゴンクエスト』のBGMが好きで、小学五年生の頃、母と一緒に東京のサントリーホールにオーケストラのコンサートを聴きに行って、とても感動した覚えがあります。その後、小学六年生の時にアニメ『機動戦士Zガンダム』に夢中になって作曲家三枝成彰さんの作った劇伴の交響曲をCDで購入して幾度も繰り返し聴きました。そこから40年経って先日その三枝さんのZガンダムの交響曲が奇しくもサントリーホールで演奏され、それを聴きに行ったのは運命的なものを感じました。中学生になってからは、ロックバンドBOOWYにハマって聴きまくって、高校に入ってからエレキギターを購入して軽音楽部に一旦入りましたが、人前で演奏する度胸が無くてすぐにやめてしまいました。

それからは、アメリカのハードロックにハマってガンズ&ローゼズやミスタービッグ、モトリークルー、ボンジョビ、クイーンなどに夢中になっていました。特にガンズ&ローゼズは、好きすぎてカセットテープが切れるまで繰り返し聴き続けていました。そして高校三年生になった時に、クラスのカリスマ的男子に憧れて近づき、友人関係になりました。その人は、いつもクールで超然としていました。そこに惹かれて彼と話すと彼の音楽的趣向が分かりました。彼が聴いていた音楽は私が全く知らない、60年代や70年代のロックやソウルミュージックでした。彼のファッションや佇まいが私にはまぶしく見えて、私は、自分が聴いていたハードロックなどが恥ずかしいものだと思うようになりました。当時は、渋谷系といってそういった音楽やクラブミュージックがかっこいいものだという風潮もあったのです。

私は、高校三年間で勉学もまともにせずハードロックだけを聴いていたので、学力も最底辺で、肉体的に力のある同級生から嫌がらせを受けていたこともあったので、その反動で、浪人生になってから朝から晩まで勉学に励みました。同時にそのカリスマの人とも関係を続け、私も彼の様な人間になりたいと、自分の音楽のアイデンティティを見つけようと躍起になりました。本当は、私にとっては、ハードロックが私のアイデンティティだったのに、私は、それを恥ずかしみ。違う私を探しました。それで、彼の真似で70年代のロックなどを発掘していきました。ビートルズ、ボブディラン、ローリングストーンズ、そして、ザ・バンドやグレイトフルデッド。しかし、どれも私には、しっくり来るものが無かったです。それはそうでしょう、ガチガチのハードロックが好きだったのに、そんなお洒落なものが肌に合うはずはないのです。学業の方は努力の甲斐があって、何とか大学に合格することができました。大学に入ったらかっこいい音楽をやろう!そう思っていました。しかし、私は、その音楽スタイルの探求からしてアイデンティティクライシスに入っていました。大学に入ってからも孤高でいようと思いましたが、周りが近づいてきて、ある友人ができました。その人は、私が当時ビートルズの様なヘアースタイルをしていたから、自分と同類と思って近づいて来たのです。彼も昔のソウルミュージックなどを聴いていました。しかし、彼は、高校時代嫌いだった暴力的な人と似たような人でした。

これ以上は、分析の領域になるかもしれませんので少し、急ぎますが、私は、その友達と破局しました。その原因は、私が自分のアイデンティティを確立する為に、彼を打ち負かそうと最後通告のような事を告げて、相手を傷つけた事でした。私は、意図して人を傷つけたことがほとんど無かったので、その攻撃は自分に向かってきました。それから私が破局していきます。止まれなくなった私は、中学時代からの親友にも敢えて酷いことをして、絶縁し、そして、例のカリスマとも別れました。全て自分のアイデンティティを確立しなくてはいけないという激しい気持ちからでした。特にカリスマとは、当時流行っていた怪しい自己啓発セミナーに誘われて大きな金額を払わされ、それが原因でした。その後大学の同級生とも全て関係が破綻して、スクールカウンセラー(臨床心理士)のカウンセリングを受けるようになりました。しかし、カウンセリングは私を苦しめるようになりました。そして私は、発病しました。親に連れられ病院に行くと精神分裂病(当時)と診断されました。そこから地獄の日々が始まりました。

話を音楽に戻します。私は、多くの友人と破局して、例のカリスマとも別れていましたが、音楽に関しては、引きずっていて相変わらず、当時のクラブミュージックを聴き続けていました。ハードロックや劇伴を聴いていた時の様な気持ちよさは無いものの、私は、アイデンティティをそこに見つけようとしていました。大学は退学しました。何もかも失って、私は、めちゃくちゃになり、家で寝続ける日々が続きました。精神科の受診は続けていました。

薬を飲むと体が動かなくなり、怠くて眠るだけでした。そんな中少しだけ回復してきてバイトを始め、私は原点回帰で好きだったアニメの声優を目指すことを考えバイトで貯めたお金で養成所に入りました。人生が戻ってきた感覚で私は、音楽ではなかったけど、演技や、発声、ダンスの練習などに励みました。しかし、病魔は巣食っていて、その時、同期の女性にぞっこんになり、告白をしましたが、彼女には既に相手がいて、振られました。諦められず、ずっと引きずって、恋愛感情に溺れていきました。病気は悪化して、養成所を退学しました。

当時は、アニソンや声優の歌を聴いたりしていましたが、それでも、かっこいい音楽というものを探していました。デビュー当時のMISIAに熱をあげ、そこからブラックミュージックを聴くようになりました。アリシアキーズやデスティニーチャイルドなどを聴き、ラジオのソウルトレインを聴くようになりました。

キリが無いので、端折りますが、その後は、これもクラブカルチャー的なボサノヴァをやりたくなって、ヤマハに通ってクラシックギターを習ったり、しましたが、これも身に着かなかったです。その後紆余曲折あって、病気になって三十年が経ちました。現在五十歳です。人生の半分以上を病気と過ごすことになってしまいました。精神科に通いながら、デイケアに通い、ヘルパーの資格を取ってグループホームで働いたり、デイサービスで働きました。介護福祉士も取りました。中退した大学も通信の大学に編入し卒業しました。現在は、障害者雇用枠でホームセンターで働いています。ここで十六年になります。

精神分析についてお話すると、二十年前くらいに斎藤環医師の著書『戦闘美少女の精神分析』に感銘を受けて、それから精神分析にとても興味を持つようになりました。斎藤医師の著書も含め色々な概説書を読みました。どんどん、精神分析が好きになりました。ラカンも知りたくなって入門書を読みましたが、理解不能です。そして、最近ようやくフロイトの『精神分析入門』を読了しました。理解は30%と言ったところでしょうか。今は、『夢判断』を読んでいます。

音楽は、たまたま手に取ったCDで、新たにシンガーソングライターのYUIがとても好きになって再び音楽教室でギターを習い始めました。3,4年前からです。時々発表会でYUIを演奏したりします。それから、最近ピアノも始めて、絢香の曲を弾き語りなどしました。しかし、私の音楽的趣向は、90年代を引きずっていました。ここ数年で、自分の感覚が変わってかつての渋谷系が私の肌にようやく合うようになりました。ですが結局、私の音楽的体験は、あのカリスマからの影響、そして90年代のクラブシーンに取り付かれているのでした。30年も経っているのにです。

それで、最近その部分に悩んでいた時、本当にこれでいいのか?と自問自答し、思い切ってガンズ&ローゼズを久々にじっくり聴いてみました。そうしたら、不思議なことが起こりました。何とも身体に信じられないくらいフィットするのです。マッチすると言っていい。ディストーションの重く掛かったエレキギターの音、そして、8ビート。時に16ビート。ソウルやジャズの様な複雑なリズムでなく。シンプルなロックのドラム。私は30年掛かってとうとう本当の自分の音楽に再会しました。やはり私は、ガンズ&ローゼズが最も好きで身体に合っていて、そして、私の音楽の基礎なんだと分かりました。そうしたら、呪縛から解かれて自宅にあった同じくハードロックのミスタービッグを聴いてみました。もう、私は嘘偽りなくこの音楽が好きなのだと理解しました。ハードロックが私の音楽の一番の基礎でそこにYUIが来て、それが、ソウルミュージックに繋がる。そうすることで私は失った30年を取り戻し全てが地続きになる感じを覚えました。今では、アニソンも聴くし、劇伴も聴くけれど、私の原点はハードロックにある。今それを何の衒いも無く言える。そして、YUIからソウルミュージックへ流れていくスタイルというのは、私の彷徨した30年の音楽の旅路を終わらせてくれそうです。最近は、またスライ&ザ・ファミリーストーンがとても気に入ってCDを集めていました。サブスクリプションで無い所が私の年代を物語っています。これは、ハードロックとは全く違います。ファンクだけど、リズムの複雑さ(壊れているような)は、ぴか一です。しかし、それを好きになりました。私は、ハードロックを原点に置きながらも彷徨い歩いた音楽の旅路をソウルやファンクに繋いだのです。それを地続きにしてくれたのは、ガンズ&ローゼズ。そして、ミスタービッグなどのハードロックでした。これからは私はハードロックをめちゃくちゃ聴くでしょう。メタルにも手を伸ばすと思います。しかし、それでもソウルやファンクは、これまで通り聴くでしょう。やっぱりあのブラックミュージックのカッコよさは、唯一無二です。音楽的センスを磨くためにも聴く必要があります。長くなりましたが、これが私の音楽との関係です。

そして、私は、精神分析を読んで、そして、心理学にも興味を持って、音楽も少しばかりやって行く中で、自分の病気も含め音楽療法というものに興味を持つようになりました。しかし、調べていくと、音楽療法の仕事は、音楽療法学会の資格を取ったのにも関わらず、老人施設でのレクリエーションにほとんど絞られている実態を知りました。私がやりたい音楽療法はこれではないと思いました。それでも、やはり、音楽療法は、音楽と心理学を使うというので日本音楽療法学会認定の学校にも入ろうかと考えましたが、その時、インターネットの検索で知ったのが貴校の臨床音楽セラピストでした。私の大好きな精神分析と音楽を組み合わせた療法があるんだ!と知り、いてもたってもいられず門を叩いたところです。精神分析は、現代医学会では、廃れていると聞きます。DSMにももう載っていないと聞きました。私の様な病気の者には禁忌とも言われているそうです。AIが凄まじい勢いで世界を席巻して、量子コンピューターで精神病が解明されるかもしれない時代にもなりました。それでも、私は、精神分析が好きですし、音楽が大好きです。とても人間的だからです。

これが私と音楽の関係です。

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その後、学校の体験会は受けましたが、この学校に入学することはありませんでした。しかし、私はこれを熟慮したお陰で、断絶した30年を結節することができたのです。

Connect  1995 to   2026

 

ユニコーンガンダムというもの

昨日、お台場のダイバーシティにある機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)の主役機

RX-0ユニコーンガンダムの実物大立像の展示が終わった。

私は、三日前のファイナルセレモニー(この日は現地には行っていない)から昨日までユニコーン立像を追いかけ、そして、拝んで、それからお別れしてきた。

ユニコーンガンダムというものは、一体何だったのだろうか?

それを間違いなく言えば、作家、福井晴敏さんが書いた小説『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』原作の古橋一浩監督が映像化した同名のアニメーションである。

その主役のモビルスーツの立像がお台場ダイバーシティに屹立したのは、2017年である。この地には以前は、初代のガンダムが立っていて、既にお台場のランドマークになっていたが、その後に立ったユニコーンガンダム(以下ユニコーン)に私は特別な思いがあった。機動戦士ガンダムユニコーンの読書は遅々としていたが、アニメーション化されてからは、もうその魅力に首ったけになった。当時は、地元のシネコンなどでは、上映されず、毎回新宿ピカデリーまで行っていたし、そこが一杯のときは、大宮にも行った。同時販売されるBlu-rayディスクをゲットすることも目的の一つだった。

そのユニコーンガンダムがお台場に立つと知って私は、興奮を抑えきれなかった。

歴代ガンダムの中でもユニコーンは、Zガンダムに次ぐ私のお気に入りである部分ナンバーワンであると言っても過言ではない。そのストーリー性、思想、映像のクオリティー、演じる声優さんの素晴らしさ、そしてカトキハジメさんのモビルスーツの造形。本当にこのユニコーンは、私の第二の青春を縁取っているかも知れなかった。最も記憶に残っているのが渋谷のBunkamuraで行われた、最速上映&朗読劇、ミニコンサートだった。まず、最新の映画が上映され、感無量で私は誰より先に拍手をしたが、それがうねりになったのは、もう言葉に出来ない。そして、6話で終わる予定だったユニコーンは7まで上映されることになったのを聞いた時は震えが来た。そして、声優さんたちの朗読劇、ミネバ役の藤村歩さん、バナージの内山昂輝さん、そして、フル・フロンタル役の池田秀一さん、リディの浪川大輔さん。素晴らしい劇だった。そして、澤野弘之さんのミニオーケストラもあって、史上最高のライブだった。原作の福井晴敏さんも出演されていたのもまた凄い幸運だった。そんな思い入れのあるユニコーンだから、私は、お台場に設置されてからも何度も足を運んだ。それから、しばらく足は遠退いたが、横浜の動くガンダムなども観たりもして、これもまた良きものだった。

そしてその思い入れある実物大ユニコーンガンダム立像が今年2026年8月31日を持って撤去されることになった。私は、いてもたってもいられなく、8月30日の夜の演出を観にお台場に向かった。これが、最後となる。だからしっかり目に焼き付けようと思った。会場には沢山の人だかりが出来ていた。19時の回の演出で私は、場所をミスって映像が見れなかった。だが、そこでも感動的なことがあった。その前の日のセレモニーでバナージ役の内山昂輝さんがユニコーンがこれからもずっと皆様の心に残ってほしいと言っていたのと澤野さんがユニコーンはずっと残っていくと言っていたこと、それを覚えていたのだが、私の後ろに立っていた親子の小学生くらいの子どもが最初の演出が終わった時に発した言葉。「あぁ!やっぱりユニコーンは最高だな!ガノタの心を鷲掴みにしたよ!」とおよそ小学生とは思えない発言をしていて、びっくりしたのだが、同時にこれでガンダムはずっと安泰だな。ずっと世代を超えて引き継がれていくのだなと思った。それから、21時30分の回まで、休憩を挟みながら全て見終えて、動画も撮って(スマホがボロくて全部撮れなかった)観客の人からは拍手と喝采が聴こえた。

それで、ユニコーンガンダムというものとは何だったのかとふと思った。

ユニコーンが屹立している場は、大勢の人がひしめきあっているのに、少しも苛立ちとか怒りの様なものを感じなかった。皆場所をそれぞれ、譲り合って、自分で確保して、それで人々が穏やかにその人工物を眺めている。人工物なのに、大仏を拝んでいるような。いやそんな神性ではないんだけれど、緩い連帯みたいなものを感じた。ユニコーンガンダムの話自体戦争の中でも何か殺伐としたものではなく、人の心と命の大切さを描いている稀有な作品だ。だからかもしれないけれど、このユニコーンガンダムがずっと立っていれば戦争って起こらないんじゃないかとまで思えてきた。最早信仰である。しかし、そのユニコーンにも終わる日が来た。作品自体はずっと残って語り継がれていくだろう。それはさっきの例をあげたように文句を付けることの無い事実だと思う。だけど、お台場のダイバーシティ東京に立ったユニコーンはこれで最後だ。私は祈るような気持ちで、お台場を後にした。

 

 

 

青春ブタ野郎シリーズと攻殻機動隊S.A.C

この二つの作品にどういう繋がりがあるだろう?いや、作品的には180度違った作品だ。だけれど、私はこの二つの作品に何らかの共通点を見出す。

スタンドアローンコンプレックスと思春期症候群。

前者は攻殻機動隊S.A.Cのキーワードであり、後者は青春ブタ野郎シリーズ(以後青ブタ)の作品の肝となるある種の超常現象。

先ず、攻殻機動隊S.A.C(以後S.A.C)は近未来のSFであって今、絶賛放送中の攻殻機動隊ゴースト・イン・ザ・シェルとのパラレルワールドだ。

私は、どちらも観ているが、神山監督推しなので、私はS.A.Cに肩入れする。

S.A.Cの主人公は草薙素子。少佐と呼ばれる完全義体(サイボーグ)の女性。

近未来の日本に起こる様々な問題(難民、核、汚職、AIなど)をその戦闘能力とネットを駆使した凄まじいハッキング能力によって解決していく、凄いマッチョな女性。因みに彼女は日本の公安9課に所属している。彼女の指揮する部下は、基本6名の精鋭達だが、それぞれが有機的に連携しながらも個を維持して問題に対処していく。上司は課長の荒巻。基本荒巻が様々な指示を出すが、それ等を草薙がまとめ、以下六人に割り振る。凄まじくシステマチックでありながらも、それぞれが固有の意思を持ち行動しても尚且つそれが連携するというまさにスタンドアローンコンプレックスという名の示す通りである。

青ブタは、梓川咲太という高校生が(〜大学生編まで)ある日バニーガール姿をした国民的女優の桜島麻衣と出会い思春期症候群という思春期に特有に起こる超常現象を乗り越えながら恋をし、時にぶつかり合いながらも愛を育んでいくというまさに青春まっしぐらの小説。(アニメ)そこでは、量子力学や相対性理論が絡んできて、見事に若者がこじらせてしまいがちな愛や恋などから起こる不思議な現象が科学的な理論と相似形をなしながら、時に思考し、時に体当たりの行動をし、その不可思議な現象を解決して行く。

では、その2作に何が共通しているのだろうか?それは、自主独立である。草薙も咲太も様々な人とコミュニケーションし、行動しているが、その二人には強固な自我がある。私は、自我心理学主義ではないので、自己の強さを自我の強さに求めたりはしないが、それでも二人はシンプルに強い。草薙は超特A級のハッカーであるけれど、対して咲太は、大学生になってもスマホを持たないという変わり者。二人は同じ様な個の強さを抱いてはいるが、その質はまるで真逆だ。

S.A.Cは、ネットが世界を覆い尽くした時代の話(まさに現代に通じる)だけれど、青ブタは、学校や社会の”空気”の話だ。いつの時代も集団に属すると人は空気を読むことを強いられるが、咲太は、その空気に逆らっている。というか空気に支配されないスタンドアローンな存在なのだ。現に咲太は作中で「僕は、空気が読めないんじゃない! 読めるけど、読まないんだ!」という台詞は、私の中でも大好きな台詞だ。

空気が読めるのに、読まない!なんて痛快な男だろう!そんな人間に私も憧れる!だが、それは、非常に難しい。誰もが空気を読ませようとする社会だからだ。しばらく青ブタの話になるが、私は、この作品で一番自分に近いと感じるキャラクターは、広川卯月というアイドルの少女だ。彼女は、徹底的に空気を読まない。というより、読めない。読めるのに読まない咲太とは違って元々空気が読めないで天然発言を繰り返すのが卯月。ネタバレは控えるがこれがテーマになった話もあるので、気になる方は、是非青ブタ2期の『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』を観てほしい。私は、咲太にはなれないが、卯月にはなれる。しかし、卯月にもその空気が読めない故の強さがある。それが、咲太とは違った自己の強さだ。私は、そっちを目指そうと思う。卯月がアイドルグループ、スイートバレットのセンターを務めている様に私も何とかサークルで一応リーダーを務めているから。

草薙素子と梓川咲太。二人はスーパーな存在だ。だけれど、そんな二人にも弱点はある。素子にとっての弱点は、過去の記憶だろう。自分が生身の人間から完全義体のサイボーグになるまでに彼女にはかなりの紆余曲折があった。それは、本編の2期2ndGIGで紹介されているからこちらも是非ご覧頂きたい。

咲太の弱点は素子よりずっと多い。先ず、最愛の女性麻衣には尻に敷かれ続けている。(M的性格?)だが、それでもこの宇宙で最も愛する女性なのだ。もし、麻衣さんに何かあったら、咲太は平常でいられない。私はまだ知らないが今秋の劇場版でそれは示されるだろう。それから、妹の楓に対する思いも人一倍だ。(1期と二作目の劇場版で描かれる)そして、様々な女性と関わりながらもハーレムにならず麻衣一途であるところは、ライトノベルとしてもとても上手い表現だと思う。(ソードアート・オンライン的?)

そういう二人の弱点もあるからこの二つは病みつきになる。

完璧のようで綻びもあり、でありながらしたたかに生きる。ここにこの二人とこの2作との共通点があると無理やりこじつけるのは、無理があるだろうか。

にしても、私は、この二つの作品が大好きだ。青ブタは10月にファイナルを迎えるし、S.A.Cは、ネトフリの最新作を最近BD買ってこれから視聴するのが楽しみだし、今放送中の攻殻機動隊もしっかりチェックしようと思う。

それから、今月末に友人の平くんと再び藤沢を訪問して、今盛り上がっている青ブタのイベントを堪能するのがめっちゃ楽しみなところである。

 

 

物書きの矜持(文学フリマ東京43に向けて)

前回の記事から大分日が経ってしまった。というのも、私の中で色々な変化があり(江の島旅行も含む)、それをまとめるのに一ヶ月以上が必要だった。個人的には音楽の道に進むか、文章で生きていくか(プロアマ問わず)で逡巡していた。

今年は、私達の文芸サークル『代々木果実混合(よよぎフルーツミックス)』が結成15周年を迎える。5周年、10周年の時は、メンバー総動員で記念冊子を作成して購入者に頒布したり、書き手も多く、気合が入っていた。しかし、さすがに15周年。記念冊子の予定は無く、通常の冊子の販売となる。というのも、ここまで存続させるだけでも一苦労だった。しかし、文章表現に熱い心を持つ平修(たいらおさむ)くんの熱い執筆意欲やサークルの宣伝活動。多忙ながらも最初期から伴走してくれている広報担当黒井和(くろいなごむ)くん、両名のお力添えで何とか15年保たせることができた。もちろん、山登りや旅行に参加してくれるメンバーや新年会に参加してくれるメンバーがいることで、この代々木果実混合は成り立っているとも言える。なので、現メンバー10人、皆に感謝している。

その中で、私の目指すべき処もどう変化していくか、この一ヶ月悩みまくった。

音楽の道というのは、ミュージシャンやアーティストという訳ではなく、音楽療法士を目指そうと考えていた。というのも心理学や精神分析が好きだし、音楽も少しばかり齧って続けている(ギター、ピアノ)からそれを活かしてみたいという気持ちが強くあった。また、フリーソウルを聴き続ける中でスライ&ザ・ファミリー・ストーンに出会い、強く惹かれ、音楽的に変容体験をした。

それで先月の終わり頃に音楽療法学校のオンラインセミナーがあり参加した。通常の音楽療法と少し意を異にしていて、施設でのレク担当の様な療法士ではなく、即興演奏でクライアントを癒やすセラピストを養成する学校だった。ドイツの大学と提携していて、アカデミックな内容の音楽療法だ。特に私が好きな精神分析を使った音楽療法ということで興味は俄然湧いた。それで事前にその学校の先生が出版した本などを読みセミナーを受けたが、思っていた通りの内容だった。私は、この道に進もうかと考えた。しかし、立ち塞がるのは、私の症状である。発作だ。授業は月2回の土曜日朝10時〜夜の19時まで。それを三年半。一度もランダムに起こる発作を起こさず通い切る事は事実上不可能に近い。まして、万が一セラピストになれたとしてセラピー中に発作を起こすセラピストなど仕事にはならない。発作自体大分減ったがもう生理現象の様になっているし、後数カ月や一年などで治せるものでも無い。私は断念した。

残された道は、文章の道だ。私は、これを明確には定義していない。プロとしての物書きを目指すのかそれとも代々木果実の様な場所でアマチュアとして生きるのか。

この辺について私はそれ程こだわっていない。プロになれたらそれはそれで嬉しいけれど、厳しいだろう。プロになれなくても、代々木果実混合を存続させ、平くんや黒井くんと火を灯していく。それから、こういったブログの様なデジタルの媒体で発信を続ける。それで、十分満足だ。というのも私も平くんの様に、文章が自分の身に染み付いているからだ。音楽も大好きだが、それ以上に文章にシンパシーを感じている。だからこだわらないのだ。発作を起こすか起こさないかは仕事上大きな問題だけれど、文章を書いていくことに関してはそれはそれ程大きなハンディキャップにはならないと思う。それに16年続いている今の仕事を継続させる為にもこっちの方が都合がいい。

そう一ヶ月悩み抜いて漸く答えが出た。音楽療法は取り敢えず、体験レッスンを予約したのでそれは受講しようと思うが、私の進むべき道は変わらないだろう。

それで、私は11月の文学フリマに向けて筆をとった。構想は既に1年以上前から練っていた。今回の作品は、少々危険なものになるだろう。しかし、私は書き切ろうと思っている。十五周年という節目だからではないが、奇しくもそういう年になった。

世界情勢は相変わらず厳しい。それを反映させた作品になるだろう。だが、あくまでも私の書く作品はライトノベルだ。フィクションだし、エンターテイメントだ。だけれど、その中に、自分が発信したいことを練り込んでいく。江戸時代、幕府政権下の人形浄瑠璃の様に。自分の意見や発想を自由に表現する。それはこの国で許されている。もしそうでない国だったら私は、罰せられるかもしれない。日本に生まれてきて良かった。そう思える作品にしたい。表現も想像も。アマチュアだからこそ発信できるという自由もあるかも知れない。逆にプロだったら無理だろう。ともかくそういう作品に今取り掛かっている。

緊迫した世界情勢の中で、私の様な凡庸な一小市民がどの様なことができるだろう。だが、少なくとも表現の自由が許されているこの国で、私は、言いたいことを言う。それを封殺されるのならば、この国の自由はまやかしということになる。

 

 

 

今日も今日とて風が吹く(江の島観光など)

連日、台風や、それに伴う気温の変化に翻弄されている方も多いのではないでしょうか?こんにちは。久々の投稿です。

5月は、GWのハサウェイオールナイト上映から始まって、平くんの文学フリマ、甥や姪との会合などがあり盛りだくさんでしたが、それのみには終わらず、後半は、ZAQちゃん、藍井エイルさんのミニライブがあり、最後は、代々木果実混合の『代々木果実は、江の島の夢を見ない』ツアーで、サークルメンバーと、藤沢〜江の島〜七里ヶ浜巡りをしてきました。なので、本当に盛りだくさんでしたが、とても充実した一ヶ月でした。

特に江の島観光は、事前の雨予報からは想像も出来ないくらいの晴天に恵まれ、青春ブタ野郎シリーズの聖地をこれまでかというくらい堪能してきました。この旅は、ただの観光というだけではなく、『青春ブタ野郎シリーズ』の聖地を巡ることで普通の旅が二倍いや三倍以上に楽しめたことです。事前に作品の鑑賞をおすすめしていたのですが、私と女子のメンバーは、元から青ブタのファンで、2周は観ているので、完璧かとおもっていましたが、男子の黒井くんが全シリーズを網羅して、挙げ句私達よりずっと完璧にトレースしてきたのは驚きでした。寧ろ彼から教えられることが多かったという顛末です。もう一人の男子メンバーの子は、原作組でアニメはあまり見ていなかったのですが、文字だけのインプットなのに、聖地や場面をはっきりと伝達してくれたことにも驚きでした。さすがプロです。彼はずっとお酒を飲んで陽気だったので、飲まない私達も楽しくなりました。お世話していた黒井くんは大変だったでしょうけど。(笑)そんなこんなで藤沢から始まったツアーは、江の島に徒歩で向かい、辺津宮でお参りして、朋絵の告白シーンの展望台で写真をとって、たこせん食べて、麻衣さんの桃ジュースを飲んで、生シラス丼を食べて満喫して、江ノ電に乗って、七里ヶ浜に行き「彼女できました 咲太より」と砂浜に書いて、藤沢に帰還。そして、最後は咲太たちがバイトをしていたデニーズに寄って、色々談義を交わして、ハイタッチで別れました。めちゃくちゃ充実していて楽しい旅でした。

そんな感じだったから、発作も運よく起きず、帰りまでずっと心は踊っていました。

その旅から私は何かが変わった気がします。それは、明確に意識出来るわけではないのですが、階段を一段昇った様な、不思議な体験です。心が強くなったというか、病気が少し良くなった様な、そんな感じです。旅は人を成長させるというのは、確かなことなのかも知れません。そういう事があってから、私は、今の所順調です。何度か、フラッディングも敢行して、リスキーなこともありましたが、概ね順調です。

という訳でまた、皆と旅行に行きたいと思うし、また、企画を立てようと思っています。そして、秋の文学フリマも少し先ですが、そろそろ準備を始めようかと思っています。今回の作品は、ちょっと気合が入っています。どう転ぶかわからないけど、脱稿できるよう少しづつ準備していこうと思います。

 

 

『閃光のハサウェイキルケーの魔女』終映に向かって。

GWが終わって、平くんの今回の文学フリマも終わって、祭りの後。

『機動戦士ガンダム閃光のハサウェイキルケーの魔女』が終映に向かっている。

私は、この映画を最初に見たのが2月の頭だったが、その時の感想をここに書いた時、

「世界最高峰のアニメーション映画は、世界最高の映画だった!」と述べた。その気持は今でも変わっていない。確かに世界最高の映画はちょっと贔屓目に見すぎているかもしれないが、それでも私の中では、少なくとも世界最高峰の映画だと断言できる。

それでなければ、8度も同じ映画を観ることは無い。そう。私は、今回のハサウェイを8度劇場に足を運んで観た。通常版3回、IMAX版1回、ドルビーシネマ版1回、4DX  版1回、スクリーンX版1回、そして、極めつけは、逆襲のシャア〜ハサウェイ1、2の三本立てオールナイト上映だった。そう8度。これは私の映画体験の中でも初めてのことだ。大好きな映画でDVDで見返している『王妃マルゴ』ですら5,6回しか観ていない。それを劇場でというのは、本当に稀有なことだ。それだけ、今回のハサウェイにはハマった。因みに一番良かったスクリーンは、最後の新宿ピカデリーのオールナイト上映での映像も良かったが、ドルビーシネマが至高の体験だったと思っている。映像の精緻さと音響が素晴らしかった。少し、黒が強すぎて画面が暗かった。そこだけが残念だったが。さて、その閃光のハサウェイキルケーの魔女(以下ハサウェイ2)だが、今年1月30日からのロングランになって興収も27億を超えて前作の22億を大きく超えた。SEEDの50億は驚異的だし、ガンダムではないネトフリの映画『超かぐや姫!』の快進撃も凄まじいが、それでも大ヒットと言っても過言ではないだろう。ガンダム映画といっても、ハサウェイは、マイナーというか、玄人受けの作品だからそれが、これだけのヒットを放てたことは、作品の完成度の高さとSNSを通した宣伝効果の賜物だろう。それでは、この映画の何がファンの心を掴むことになったのだろうか。それを少し考察してみたい。

まず、一つには、この映画のリアリティーである。実写と見紛える程の美術、それから、現実には再現不可能なモビルスーツがまさに存在しているかの様なメカニックデザイン、極めつけは、ジャパニメーションの良さを最大限に発揮したキャラクターデザインだ。この映像だけで三杯の飯が食える。そして、もう一つは、難解な富野由悠季監督の原作と齟齬を起こすことなく映像化した村瀬修功監督の手腕だ。富野監督の独特な台詞の言い回しはそのままにそれを違和感無く声優さんたちに演技させる。まさに匠の技だ。そして、往年のファンへのサービス精神を失わない、ガンダムワールドの地続き感。これこそ私達が求めていたものだ。三つ目は、一つ目と重なるが、臨場感である。今をときめく劇伴作家澤野弘之さんに音楽を担当させたことは、間違いが無かった。澤野さんは、ガンダムUC(ユニコーン)でも、音楽を任されていて素晴らしい仕事をしたが、今作でもその音は、十二分に発揮されている。その音が湧き立てる映像とのコラボレーション。まさに臨場感がアトラクションレベルだった。初め観た時は、ここはディズニーランド?と見紛える程だった。これだけには留まらないが、最後には、人間を描ききったことだろう。戦争という、今まさに世界で起こっている現実と、フィクションである映画との近接感。そこで繰り広げられる人間どうしの争い、葛藤、悲惨、悲哀。それを描ききったのは、まさに村瀬修功監督とそのスタッフたちの凄まじい努力の賜物だと思う。映像化不可能とまで言われていた今作をここまでの完成度で作り上げた村瀬監督たちには最高の賛辞を送りたい。こうしてハサウェイ2は、まもなく終映するだろうが、3、つまり三部作の最終幕への期待値はこの2があったことで最高潮に高まることは間違いない。かつて私は、富野監督の小説版を読んでそのラストを知ってはいるが、これを村瀬監督はどう料理するのだろうか?既にラストは決まっていると村瀬監督は言っていた。それがどんなものになるのか、私は、多分ハサウェイ2の円盤を買って、それを何度も観て、首を長くして待つことになるだろう。ハサウェイの結末がどの様なものになったとしても私は、それを受け入れ、そして、自らの人生の糧にしようと思う。それができるのは、この閃光のハサウェイという最高の作品が持てるパワーがあってこそなのだから。

 

 

 

平修くんの新作『夕暮れの詩』(先行販売)を読んで

今年のゴールデンウィーク5月4日に迎える文学フリマ東京42、それに出店する、我々のサークルメンバーで、今は、個人サークル『平屋書店』として出店している平修くんの新作詩集を文フリ出品前に入手することが出来た。厳しい暮らしの中でこの冊子をいち早く私に届けてくれた平くんに感謝して、少し感想を述べようと思う。

詩集なのでネタバレとかではないが、この感想文が、今度の平屋書店の売上げに少しでも貢献できれば幸いだ。

先ず、今回の詩集『夕暮れの詩』は、過去最大のボリュームがある。これだけの詩を一年足らずで書き綴れる平くんの創作意欲に感嘆すると共に、年々その技量が高まっていることにも感心する。過去作『夜行の詩』と『暁の詩』から今回の『夕暮れの詩』は三部作になっていて、それぞれ、夜、朝、夕の様に設定されているが、一つ一つが夜昼晩というわけではなく、平くんの思考が夜から始まって朝に続き夕暮れへと収束していくという意味と私は捉えている。その一日の流れをもう一つの縦軸で流れるのは、春・夏・秋・冬。四季だ。平くんの詩は、季節の流れにとても敏感で、文学フリマ自体の参加が、春の一回(秋は代々木果実混合のサークル参加をしてくれている)になっていることで丁度一年をまたいだ詩集として完成しているのだ。なので、読者は、四季折々の平くんの心の変遷を感じ取ることができるだろう。

そういう縦と横の流れに平くんの繊細な機微が一つ一つの詩に描きこまれている。

平くんの詩というのは、そういった季節の流れだけでなく自己の内省の深さが魅力だ。

自分をことごとく責め尽くしたりするが、それでも希望を抱こうと必死の足掻きをみせる。まるで深層心理に潜っていくような感覚を覚えるとともに、また同時に世界という広大な地平を美しいものとして見ようとする平くんの優しさの様なものも感じられる。

一つ一つの現象を大事に観察して、それを記述していく平くんの詩は、まるで風景画の様でもあり、自分を描く肖像画の様でもある。『夜行の詩』、『暁の詩』、そして今回の『夕暮れの詩』。平くんの筆致は作品を追うごとに研ぎ澄まされている。三部作の集大成だが、今後も平くんの創作活動に注目して行こうと思う。

最後に一つだけネタバレを。この詩の中で私が好きだったのは、『美しさ』という題の詩だ。私も物を書くものとして共感を覚えた。その詩の中で、文章や本には「その人の人となり」が見えたり「隠れた一面」が見えたりするからそれを知れることに特別感がある。と平くんは書いている。そして、元来平くんは人が好きで、それで人を求めて、そして人に傷つく、またその逆もあるだろう。私は友人として、それは、よく分かる。そんな色とりどりの想いが綴られているのが今作『夕暮れの詩』だ。もし、今度の文学フリマ東京42(東京ビックサイト開催)にお越しくださる方がおられましたら是非とも平くんの個人サークル『平屋書店』のブース(南3−4ホール「う‐46」)まで足を運んでくださることを、文芸同志としてもお願いいたしたく思います。私も微力ながら売り子として参加させてもらいますので、今度のゴールデンウィーク5月4日は、是非とも文学の祭典文学フリマ東京に遊びにいらしてください!沢山の文学の煌めきに会えると思います。bunfree.net