音楽療法の学校の願書に書いた文章です。
音楽療法士になることは、諦めました。しかし、音楽と私の関係は続いて行きます。
せっかくだから、ここにその時提出しなかった文章(加筆修正した)を掲載します。
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私と音楽の関係は、遡ると幼少時にアイドルのピンクレディーが好きだったところから始まると思います。それから幼稚園に入って少し楽器を使った習い事をしていました。
小学校に入ってからヤマハ音楽教室に入ってピアノを習っていましたが、ほとんど身が入らず、中学一年まで続けていましたが、その時に弾けたのは、「エリーゼのために」だけでした。しかし、音楽への興味はずっとあって、当時爆発的なヒットを飛ばしたファミリーコンピューターのゲーム、『ドラゴンクエスト』のBGMが好きで、小学五年生の頃、母と一緒に東京のサントリーホールにオーケストラのコンサートを聴きに行って、とても感動した覚えがあります。その後、小学六年生の時にアニメ『機動戦士Zガンダム』に夢中になって作曲家三枝成彰さんの作った劇伴の交響曲をCDで購入して幾度も繰り返し聴きました。そこから40年経って先日その三枝さんのZガンダムの交響曲が奇しくもサントリーホールで演奏され、それを聴きに行ったのは運命的なものを感じました。中学生になってからは、ロックバンドBOOWYにハマって聴きまくって、高校に入ってからエレキギターを購入して軽音楽部に一旦入りましたが、人前で演奏する度胸が無くてすぐにやめてしまいました。
それからは、アメリカのハードロックにハマってガンズ&ローゼズやミスタービッグ、モトリークルー、ボンジョビ、クイーンなどに夢中になっていました。特にガンズ&ローゼズは、好きすぎてカセットテープが切れるまで繰り返し聴き続けていました。そして高校三年生になった時に、クラスのカリスマ的男子に憧れて近づき、友人関係になりました。その人は、いつもクールで超然としていました。そこに惹かれて彼と話すと彼の音楽的趣向が分かりました。彼が聴いていた音楽は私が全く知らない、60年代や70年代のロックやソウルミュージックでした。彼のファッションや佇まいが私にはまぶしく見えて、私は、自分が聴いていたハードロックなどが恥ずかしいものだと思うようになりました。当時は、渋谷系といってそういった音楽やクラブミュージックがかっこいいものだという風潮もあったのです。
私は、高校三年間で勉学もまともにせずハードロックだけを聴いていたので、学力も最底辺で、肉体的に力のある同級生から嫌がらせを受けていたこともあったので、その反動で、浪人生になってから朝から晩まで勉学に励みました。同時にそのカリスマの人とも関係を続け、私も彼の様な人間になりたいと、自分の音楽のアイデンティティを見つけようと躍起になりました。本当は、私にとっては、ハードロックが私のアイデンティティだったのに、私は、それを恥ずかしみ。違う私を探しました。それで、彼の真似で70年代のロックなどを発掘していきました。ビートルズ、ボブディラン、ローリングストーンズ、そして、ザ・バンドやグレイトフルデッド。しかし、どれも私には、しっくり来るものが無かったです。それはそうでしょう、ガチガチのハードロックが好きだったのに、そんなお洒落なものが肌に合うはずはないのです。学業の方は努力の甲斐があって、何とか大学に合格することができました。大学に入ったらかっこいい音楽をやろう!そう思っていました。しかし、私は、その音楽スタイルの探求からしてアイデンティティクライシスに入っていました。大学に入ってからも孤高でいようと思いましたが、周りが近づいてきて、ある友人ができました。その人は、私が当時ビートルズの様なヘアースタイルをしていたから、自分と同類と思って近づいて来たのです。彼も昔のソウルミュージックなどを聴いていました。しかし、彼は、高校時代嫌いだった暴力的な人と似たような人でした。
これ以上は、分析の領域になるかもしれませんので少し、急ぎますが、私は、その友達と破局しました。その原因は、私が自分のアイデンティティを確立する為に、彼を打ち負かそうと最後通告のような事を告げて、相手を傷つけた事でした。私は、意図して人を傷つけたことがほとんど無かったので、その攻撃は自分に向かってきました。それから私が破局していきます。止まれなくなった私は、中学時代からの親友にも敢えて酷いことをして、絶縁し、そして、例のカリスマとも別れました。全て自分のアイデンティティを確立しなくてはいけないという激しい気持ちからでした。特にカリスマとは、当時流行っていた怪しい自己啓発セミナーに誘われて大きな金額を払わされ、それが原因でした。その後大学の同級生とも全て関係が破綻して、スクールカウンセラー(臨床心理士)のカウンセリングを受けるようになりました。しかし、カウンセリングは私を苦しめるようになりました。そして私は、発病しました。親に連れられ病院に行くと精神分裂病(当時)と診断されました。そこから地獄の日々が始まりました。
話を音楽に戻します。私は、多くの友人と破局して、例のカリスマとも別れていましたが、音楽に関しては、引きずっていて相変わらず、当時のクラブミュージックを聴き続けていました。ハードロックや劇伴を聴いていた時の様な気持ちよさは無いものの、私は、アイデンティティをそこに見つけようとしていました。大学は退学しました。何もかも失って、私は、めちゃくちゃになり、家で寝続ける日々が続きました。精神科の受診は続けていました。
薬を飲むと体が動かなくなり、怠くて眠るだけでした。そんな中少しだけ回復してきてバイトを始め、私は原点回帰で好きだったアニメの声優を目指すことを考えバイトで貯めたお金で養成所に入りました。人生が戻ってきた感覚で私は、音楽ではなかったけど、演技や、発声、ダンスの練習などに励みました。しかし、病魔は巣食っていて、その時、同期の女性にぞっこんになり、告白をしましたが、彼女には既に相手がいて、振られました。諦められず、ずっと引きずって、恋愛感情に溺れていきました。病気は悪化して、養成所を退学しました。
当時は、アニソンや声優の歌を聴いたりしていましたが、それでも、かっこいい音楽というものを探していました。デビュー当時のMISIAに熱をあげ、そこからブラックミュージックを聴くようになりました。アリシアキーズやデスティニーチャイルドなどを聴き、ラジオのソウルトレインを聴くようになりました。
キリが無いので、端折りますが、その後は、これもクラブカルチャー的なボサノヴァをやりたくなって、ヤマハに通ってクラシックギターを習ったり、しましたが、これも身に着かなかったです。その後紆余曲折あって、病気になって三十年が経ちました。現在五十歳です。人生の半分以上を病気と過ごすことになってしまいました。精神科に通いながら、デイケアに通い、ヘルパーの資格を取ってグループホームで働いたり、デイサービスで働きました。介護福祉士も取りました。中退した大学も通信の大学に編入し卒業しました。現在は、障害者雇用枠でホームセンターで働いています。ここで十六年になります。
精神分析についてお話すると、二十年前くらいに斎藤環医師の著書『戦闘美少女の精神分析』に感銘を受けて、それから精神分析にとても興味を持つようになりました。斎藤医師の著書も含め色々な概説書を読みました。どんどん、精神分析が好きになりました。ラカンも知りたくなって入門書を読みましたが、理解不能です。そして、最近ようやくフロイトの『精神分析入門』を読了しました。理解は30%と言ったところでしょうか。今は、『夢判断』を読んでいます。
音楽は、たまたま手に取ったCDで、新たにシンガーソングライターのYUIがとても好きになって再び音楽教室でギターを習い始めました。3,4年前からです。時々発表会でYUIを演奏したりします。それから、最近ピアノも始めて、絢香の曲を弾き語りなどしました。しかし、私の音楽的趣向は、90年代を引きずっていました。ここ数年で、自分の感覚が変わってかつての渋谷系が私の肌にようやく合うようになりました。ですが結局、私の音楽的体験は、あのカリスマからの影響、そして90年代のクラブシーンに取り付かれているのでした。30年も経っているのにです。
それで、最近その部分に悩んでいた時、本当にこれでいいのか?と自問自答し、思い切ってガンズ&ローゼズを久々にじっくり聴いてみました。そうしたら、不思議なことが起こりました。何とも身体に信じられないくらいフィットするのです。マッチすると言っていい。ディストーションの重く掛かったエレキギターの音、そして、8ビート。時に16ビート。ソウルやジャズの様な複雑なリズムでなく。シンプルなロックのドラム。私は30年掛かってとうとう本当の自分の音楽に再会しました。やはり私は、ガンズ&ローゼズが最も好きで身体に合っていて、そして、私の音楽の基礎なんだと分かりました。そうしたら、呪縛から解かれて自宅にあった同じくハードロックのミスタービッグを聴いてみました。もう、私は嘘偽りなくこの音楽が好きなのだと理解しました。ハードロックが私の音楽の一番の基礎でそこにYUIが来て、それが、ソウルミュージックに繋がる。そうすることで私は失った30年を取り戻し全てが地続きになる感じを覚えました。今では、アニソンも聴くし、劇伴も聴くけれど、私の原点はハードロックにある。今それを何の衒いも無く言える。そして、YUIからソウルミュージックへ流れていくスタイルというのは、私の彷徨した30年の音楽の旅路を終わらせてくれそうです。最近は、またスライ&ザ・ファミリーストーンがとても気に入ってCDを集めていました。サブスクリプションで無い所が私の年代を物語っています。これは、ハードロックとは全く違います。ファンクだけど、リズムの複雑さ(壊れているような)は、ぴか一です。しかし、それを好きになりました。私は、ハードロックを原点に置きながらも彷徨い歩いた音楽の旅路をソウルやファンクに繋いだのです。それを地続きにしてくれたのは、ガンズ&ローゼズ。そして、ミスタービッグなどのハードロックでした。これからは私はハードロックをめちゃくちゃ聴くでしょう。メタルにも手を伸ばすと思います。しかし、それでもソウルやファンクは、これまで通り聴くでしょう。やっぱりあのブラックミュージックのカッコよさは、唯一無二です。音楽的センスを磨くためにも聴く必要があります。長くなりましたが、これが私の音楽との関係です。
そして、私は、精神分析を読んで、そして、心理学にも興味を持って、音楽も少しばかりやって行く中で、自分の病気も含め音楽療法というものに興味を持つようになりました。しかし、調べていくと、音楽療法の仕事は、音楽療法学会の資格を取ったのにも関わらず、老人施設でのレクリエーションにほとんど絞られている実態を知りました。私がやりたい音楽療法はこれではないと思いました。それでも、やはり、音楽療法は、音楽と心理学を使うというので日本音楽療法学会認定の学校にも入ろうかと考えましたが、その時、インターネットの検索で知ったのが貴校の臨床音楽セラピストでした。私の大好きな精神分析と音楽を組み合わせた療法があるんだ!と知り、いてもたってもいられず門を叩いたところです。精神分析は、現代医学会では、廃れていると聞きます。DSMにももう載っていないと聞きました。私の様な病気の者には禁忌とも言われているそうです。AIが凄まじい勢いで世界を席巻して、量子コンピューターで精神病が解明されるかもしれない時代にもなりました。それでも、私は、精神分析が好きですし、音楽が大好きです。とても人間的だからです。
これが私と音楽の関係です。
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その後、学校の体験会は受けましたが、この学校に入学することはありませんでした。しかし、私はこれを熟慮したお陰で、断絶した30年を結節することができたのです。
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