朱乃紅スキゾ日記

管理人朱乃紅の統合失調症の闘病記、雑記

大ベルセルク展!

先日、池袋サンシャインシティで開催中の『大ベルセルク展〜三浦建太郎 画業32年の軌跡〜』へ行って来ました。このコロナ禍で東京に行くのは一年ぶり以上でした。

感染の恐れはあったものの、ワクチンとマスク、手洗い、うがい励行して、彼の地へ向かいました。私のチケットは、11時からの入場用で10時にはついていましたが、それでも、多くのベルセルクファンがそこには大勢集っていました。その日の当日券は既に無かったようで、私も連れが先行チケットを取っていてくれたおかげで無事入場が可能でした。

音声ガイドチケットも購入して、ようやく彼の地へ。入り口には大きく『大ベルセルク展』という文字とガッツがドラゴン殺しを振りかざす絵が。期待値高まります。

これから行く人のためにネタバレは控えますが、とにかく、ボリューム満載の原画がずらりと。皆、一枚一枚の絵をじっくりと鑑賞しながら、進んでいきます。他にも様々な展示物があり見る者を楽しませてくれます。鑑賞すること約一時間半。ごちそうさまでした。素晴らしい三浦先生の絵。一枚一枚に魂が籠もっている。そう感じました。

私は、ベルセルクは36巻くらいまで追っていたのですが、途中から少し離れてしまっていました。そして、三浦先生の訃報。展覧会での動画では、とてもお元気そうでしたのに残念でなりません。この大ベルセルク展をとても楽しみにしていたようでした。

私達は、アニメ、漫画界にとって本当に貴重な方を失ってしまいました。

あれ程の画力、あれ程の物語の力。描ききることができる人はもういないでしょう。

ですが、残された私達が、ベルセルクが、三浦先生がくれた心の力を失わずに生きていきたい。そう思った今回の展覧会でした。帰りにグッズコーナーでは、欲しいグッズが盛りだくさんで、迷いましたが、イラストボードと複製原画とステッカーなどを購入して、行けなかった友人の分の画集を買って帰りました。

そして、今私のどんくさいスマホには、大好きなジュドーの最期のシーンのステッカーが貼ってあります。嫁が重いからやめてくれというのですが、私にとってはあのシーンがとても大事なのです。また、どこかでベルセルクに出会いたいです。とりあえず現行の最終巻までは追いつこうと思います。

『大ベルセルク展』は、明日の祝日までです!

 

 

執筆と『ぼくたちのリメイク』

どうも、お疲れ様です。私は、休みが不定期なため本日は休日です。

それで、小説の執筆をしていました。

タイトルは『エスケープ フロム ディストピア(仮)』

少年たちが最悪の収容所から逃れる話です。

この小説というのは、私が所属している文芸サークル『代々木果実混合(よよぎフルーツミックス)』で定期的に出版している作品で、半年に一度のイベント「文学フリマ東京」で出品する予定です。ここで少しサークルの説明をすると、事の始まりは、2010年に某代々木の専門学校(もうわかりますよねw)のノベル科で学んでいた私達が2011年の卒業時に結成したサークルで、それから翌年の文学フリマ(この時はたしか東京開催のみ)に初出店してメンバーでの短編集をそれから10年ほとんど休まず出してきました。ほとんどというのは、残念ながら、コロナウイルスの影響でイベントの出店を断念したり、イベント自体が中止になることもあったからです。

メンバーは現段階だと11名所属しています。執筆はしていないメンバーもいるし、絵師もいます。なので様々な毛色の人が集まった、まさに混合の名にふさわしいサークルであると自負しています。そして今年が十周年のアニバーサリーイヤーで、11月に出店する予定になっています。しかし、この厳しい状況の中で開催は可能なのか、出店できるのか、と不安な日々を送りながら、短編小説の執筆に励んでいる今日このごろです。

ですが、10周年という節目で無料の特別冊子も刊行予定で、無事開催されることを祈っています。もちろん感染対策は十分にする予定です。

 

そして、今期視聴している、アニメ『ぼくたちのリメイク』これが、私達のサークルのイメージを彷彿とさせるんだよね。主人公の橋場恭也がプラチナ世代と言われるクリエイターたちと出会いゲームを作って行く話なのだが、そこに不思議要素が入ってとてもスリリングな作品なんだ。もちろん私は主人公橋場恭也のように頭脳明晰なリーダー(むしろ頭ヤラれてるリーダー?)ではないけれど、メンバーにはプロのシナリオライターもいるし、電子書籍に本を出品している人もいる、他にも色んな業種の人がいて、まさに私以外はクリエイティブなメンバーがいるサークルである。

話は逸れたが、この状況が『ぼくリメ』にマッチするんだよね。みんなでものづくりをするというのは、本当に大変なことで、もちろん私達がしていることは、趣味の延長なのだけど、それでも10年続けてこれたことは、私にとっても誇りである。

『ぼくリメ』では、恭也がタイムリープすることで、失敗した人生のやり直しをしてなんとか輝きを取り戻そうとするのだけど、努力し時間に干渉した結果が恭也が思っていたルートとは違う展開になっていってしまう。それでも恭也はそこで懸命に奮闘するのだが。まだ先は分からない。なので、次がとても楽しみだ!終わったらラノベ買おうかな。そんな感じで今日はお終いです。まったねー!文学フリマ出店出来たらがんばります!感染対策はしっかりとって。

 

快調です!(『図書館戦争』とか)

大きな曝露を成功させて、ちょっと不運な所もあったけれど、仕事も上手く進んで、今日は快調です。午後は友人宅にお招き頂き、お子さんとも会えて楽しい一日でした。

今、私ネタがないんですよね。映画も見れてませんし、アニメといっても呟いた『ぼくリメ』と昔の『図書館戦争』くらいで。でも、図書館戦争のこと書こうかな。

図書館戦争は、架空の年号正化という時代の日本に起きた本を巡る内戦。

メディア良化法といういわゆる有害図書を取り締まる法律が制定されて、本が良化隊という組織に検閲を受けることになった。そこで表現の自由を守る図書隊という対抗組織が出来てその二つの勢力が武力で争うことになる。主人公は、その図書隊に入隊した、笠原郁という女性(二十歳だったっけ?)の物語。郁は、少女時代に本屋で好きな本を良化隊に接収されるところ、突如現れた図書隊員に救われ本を奪還出来たことから、自分も図書隊入隊を夢にして入隊できたが。しかし、そこでは、自衛隊さながらの訓練と、鬼厳しい教官との戦いと、良化隊との抗争、そしてちょっと甘酸っぱい恋があり郁が成長していくお話。

私は、『華氏451度』を読んでいないのでちょっとその辺からのコメントはできないが、自由な出版ができなくなるという構図は、現代にも近い。しかし、それを武力抗争に発展させていくのは、ちょっと無理があるような気もする。けれど、しっかりした設定と飽きさせない展開で私は、今ハマっている。

有川浩の原作だが、私は、名前は知っていたが、男性かと思っていた。

だけど、郁や寮で同室の柴崎の細やかな女性的な表現は、やはり男には書けないところだと思った。しかし、私は郁が大好きである。「熱血バカ」と紹介されているが、こんな子がいたら直ぐに好きになってしまうな。私は、昔から、こういう熱血少女が大好きだった。『逮捕しちゃうぞ』の辻本夏実とか『機動戦艦ナデシコ』のスバル・リョーコとか。一途なところがいいんだよね。おじさんキモッ。ww

先程世界観に無理があるとは言ったが、今の時代を考えたら逆にリアリティがあるのかもしれない。しかし、デジタルが進化した今、図書そのものを主題にするのは、少し時代遅れのような気もする。現代、本だけでなく、様々な自由が脅威にさらされている。そういうものを守る時、郁や図書隊員のような情熱が日本人には残っているか。

試される時代ではある。

 

 

バックナンバーを一挙掲載

っていうか、一度掲載して取り下げてしまったものを一気に放出します。

というのも、ネット強迫が消えたからです。

今までたくさんのことで書いては消して、紆余曲折あったけど、これからは、消すことなくコンスタントに書いていける。そんな気がします。

私の病気も困難を極めますが、前進するために書いていこうと思っています。

今熱いのがbs12。アニメ26とか日曜アニメ劇場とかやっているんですが、そのラインナップが半端無い。ボトムズエルガイムリーンの翼機甲界ガリアン。かつての名作アニメや機動戦士ガンダムNTなど、新旧織り交ぜて放送している。アマゾンプライムやdアニメストアには、アップされていないレアなタイトルも放送していて、目が離せません!といってもまだあまり見れていない自分ですが。

そんなこんなで、朱乃紅スキゾ日記、再開です!

 

強迫性障害(昔の記事)

私は統合失調症患者だが同時に強迫性障害を持つ。とても生きづらい。

その症状のために私は、このブログの2年前にも書いた当事者研究というものを受けた。認知行動療法の一種だが、その当時は極度の売却病に苛まれていて、その対処のために当事者研究を利用した。効果はあったが、それでも私の強迫、そして、売却病、恋愛病は消えていない。私はその後、酷い強迫に襲われ、医療のつてを辿って、強迫性障害に焦点を当てた認知行動療法の全十回のセッションを受けることにした。

それは、ケースフォーミュレーションを経て、心理学的な知識を学び、目標を定めて、コーピングを使いながら曝露反応妨害法に則って実験を繰り返し、強迫を無くしていくものだ。けれど私の強迫性障害は、統合失調症に由来するので認知行動療法が中々病気にマッチしない。私の強迫の正体は、意味不明であり、全く根拠が無く、敵に照準を合わせることができなかった。しかし、私は、認知行動療法の実験シートを精神分析的思考を合わせることで曝露反応妨害法を実践可能にした。

強迫の正体は「欲望」だとしたのだ。欲望が私を苦しめ、私を強迫に落とす。

それで私はとうとう強迫を倒すことができたのだ。だが、そうことは容易に進むものではなかった。それがわかってもそれでも、強迫は起こった。主に、ネット、それから恐怖物の本やDVDだった。それらを所持しているのが怖くなり売る。それを繰り返すことになった。私は、思い切って曝露反応妨害法を更に逆療法と称して、ホラー映画を見ることを始めた。一日一ホラー。6日間ホラーを見続けてかなり怖いものがなくなった。

恐怖の強度を少しづつ強めていった。一番最初は『サスペリア2』それから『ゾンビ』

そして『エクソシスト』。名作と言われるホラーを中心に見ていく。そして、一気にスプラッターに向かった。『デモンズ』、『デモンズ2』を見て。もういいと思った。もう十分怖い物を見た。しかし、最後の決め手に『死霊のはらわた』を見た。これ以上怖いものはないだろう。まだ、あるが、それでもお腹いっぱいだった。

しかし、それにも関わらず、『セブン』のパンフレットを見つけただけで、気になり始めてしまった。結局何日間か戦って『セブン』も見たが売った。

強い。私の強迫は強い。3DSの『バイオハザード』ですら売ってしまった。情けない。これからどう戦って行けばいいだろう。しかし、このブログをもし公開できる日がくればそれは私の勝利の日だと思っている。一日一日溜まっていく下書き。だが、いつの日か日の目を見ることができればと思っている。

 

どうにかして復帰したい!

どうも、へっぽこブロガーの朱乃紅です。

つい最近、体調が最高に酷くなり、せっかくの記事も削除してしまい、いいねしてくれた方にも大変申し訳ない結果になってしまいました。

私の病は統合失調症という精神の病なのですが、同時に、強迫性障害という病気も併せ持っています。これがとても厄介で、色々なところで私の活動を阻んできます。

そして、私はどうしてもウェブに親和性が無く、不調になるとこの強迫性障害が邪魔をして記事の停滞、それから削除になってしまいます。どうにかここを乗り切りたいのですが、一度失敗すると次に再開するのがとても怖くなり臆病風に吹かれてしまいます。

ですので、私は、前回まで続けてこられた方法として、記事を下書きに書き溜めるという方法を取ってみています。アップしなくても書きたいことはたくさんあるので、自分のアカウントに記事を書いて取っておいています。今、その作業中です。しばらく貯めていけば必ずアップしたくなる時が来るので、その時を待ちます。そして、転んでも立ち上がる精神でまた再開できれば幸いです。見ていてくださる方に感謝の意を表して、またお目にかかれる日を待ち望んでいます。

 

このブログでやりたいこと

このブログで私がやりたいことは、いたって簡単、日記形式の文章を書き連ねていくことだ。アフィリエイトもやってみたいと思ったが、今の所商品を紹介する気持ちも無い。それに、このブログは、私の闘病記なのだ。もし、誰かが私と同じ病気を持っていてこのブログを読んだときに少しでも何かしらの益になるならそれはとても嬉しい。

私は、この統合失調症という残酷な病気のサバイバーになって、寛解する。そのためのブログなのだ。統合失調症という病気は、本当に酷い病気だ。人の自由を奪って、心を壊し、地獄に叩き落とす。私は、二十五年戦ってきた。(闘ってとは書かない)初めはちょっとした、虚栄心からの出来心だったんだ。いや、切に自由を願っていたのかもしれない。けれど、私は、人を傷つけ、自分も苦しみ、そして心理療法で心をいじくられ、壊れ二度とあの時の自分に戻れなくなった。認知機能は低下し、幻聴や被害妄想、そして発作が起きるようになり、まともな生活を営めなくなった。しかし、様々な人たちの助けで、仕事にありつき、人らしい生活を取り戻した。そうして、今ここにいる。私は、物書きになりたいという夢がある。時々エッセイの賞に応募したりもするが、まだ結果は出せていない。だが、私はこの「朱乃紅スキゾ日記」というブログを手に入れた。そんなことは誰にでもできる。簡単なことだ。だが、私には、本当に厳しい試練だった。なぜなら私にはネット不安があり、それは強迫性障害の一つで私は、記事を書く度に消すことを続けてきた。とても辛く悲しいことだった。しかし、それでも私は、なんとかこのブログを書いて発信したいと思った。下書きを重ねて耐性をつけた。そして友の力も借り、記事をアップした。同じく強迫は襲ってきた。しかし、それでも何とかアイディアをひねり出して、記事を投稿する、それを繰り返して行くうちに、強迫は、薄れ、そして乗り越えることができた。このブログでありのままを書くことで私はネット不安という症状を克服した。今後どういう症状が襲ってくるかは分からない。だが、このブログを続けられるということは、今後の人生の試金石になる。だから、続けていこうと思う。