朱乃紅スキゾ日記

管理人朱乃紅の統合失調症の闘病記、雑記

田中寛之氏『あの頃』(文芸社)を読んで

サークル仲間の平くんから勧められてアマゾンで購入した田中寛之さんの小説『あの頃』を読了した。購入してから読み終えるまで結構な時間が経ってしまった。

それは、何故かと言うと、この小説は、抜身の刀の様に私の心にグサグサと刃を突き立てるようで、それでいて読み始めると、氏の読ませる力によってどんどんとページを捲らされていくからだ。そんな畏れを抱きながら、進んだり止まったりしているうちに最後の行まで辿り着いた。読み終えて、色々な想いが私の中に縦横無尽に去来した。

氏の現代社会に対する批判的精神やちょっとハスに向かう社会への眼差し、そして、同時にこれほどかと言えるほどの純粋さ、透徹した瞳。孤高と言えるかもしれないほどのプライドを持ちながら、人への拭いきれない愛着が示されている。そして、病を患いながらも様々な社会的、人間的経験の豊富さには圧倒される。その行動力、爆発力には目を瞠るものがある。弱き者への慈愛、強き者への反発、そして真贋を見極めようとする瞳。

そういう純粋と混濁を極めた文体が私自身を困惑させ自分をも見つめ直させるそういう視点がある。時折見せる社会の矛盾へのツッコミが少し読者をほっとさせ、「そうだよなぁ」などと同感したりもする。終始独白で自伝的小説だと思われるが、これだけの稀有な経験は中々できるものではない。氏はそれを余す所なくしっかりと自分の身体に刻んでいるように思われる。この小説のメインである、優子という女性との恋愛にも似た関係に氏のひたむきな愛情を感じさせる。優子は氏にとって恋人であり、母であり、親友でもあり、聖母でもある様に感じられる。そんな優子を諦めきれない氏の苦しみは、読んでいて辛い。ここまで一人の女性を愛し抜くことは並大抵のことではできない。作中では、氏が作家になる処女作?で『優子』という作品(仮名?)を上梓したことも書かれている。

とにかく全体を通して貫かれているのは、主人公和也の眼差しの深さだ。それが読み手を誘導させてラストまで導く。若干起承転結は乱れているものの、娯楽小説ではないので気にはならない。一人の若者の泥だらけで傷だらけの青春が凝縮されている一冊である。

他の作品もアマゾンで探してみようと思った。