朱乃紅スキゾ日記

管理人朱乃紅の統合失調症の闘病記、雑記

駄文を連ねる。

どんなことでも書いて行こうと思う。それが、ブロガーとしての形。ブログ独立宣言なる馬鹿げた発言をした意味。私の中で、未だ決めきれないことがあった。確かに今、私は心理学の勉強をしている。資格の為。しかし、それはもちろん好きだからというのもある。だが、それほど効力も無い資格を取ったところで、私の人生がガラッと変わることもない。それに、私は、前回も言ったように、いつ発作が起きるか分からない中で仕事し、暮らしている。だからどうしてもW5H8の仕事はできない。それにそれを望んでいる訳でもない。ならばどう生きる?とにかく私は書くことに決めた。このブログを中心に、サークルで続けている文学フリマへの年に一回の参加、そして、時々機会があったら公募に応募してみようとも思っている。

今日は、叔父の誘いでJリーグの試合を見に行ってきた。極寒で小雨も降る中、サッカー場へ向かう。柏レイソルvs京都サンガFC。私は地元柏レイソルの応援だった。レイソルの試合を見るのは、これで二度目。一度目は友人に誘われて行った。今日はとにかく寒かった。叔父がポンチョを貸してくれてなんとか雨は凌げたが、じわじわと染み込んでくる、ブルブルと震えながら観戦して、サポーターの人たちは本当に体を張ってるのだなと感心していた。やはり、生のスタジアムは迫力がある。選手が近いのと、意外にサッカー場は狭いのだと感じる。テレビで見るのとは大分印象が違う。試合は、先制点を入れてPKのチャンスを得たものの外し、アディショナルタイムで追いつかれるという残念な結果。しかし、久々にスポーツ観戦ができたので叔父に感謝する。いつかモータースポーツを生で観戦してみたいという夢がある。F3でもF4でもいい。とにかくフォーミュラーカーが走っているのを生で見たい。そういえば昨日は、アマプラで井上拓真の防衛戦が見れた。兄尚弥も見守る中難敵から初防衛を成功させ、バンタム級に井上拓真ありと示した。同じ試合の中で中谷潤人の試合も凄かった!バンタム級が日本人を中心に群雄割拠してきた。楽しみだ。ボクシングも一度生で見てみたいスポーツの一つだ。

今日はここで筆を置く。

 

私の防具

前回は私の武器として、私を囲む色々なガジェットについて話した。今回は、私の内面、精神に関わる私の防具を紹介しようと思う。

ずらっと列挙して何があるか記述してみると。

精神分析認知行動療法、ゲーム、音楽、アニメ、ラノベなど。

その中でも細かく見ていくと、精神分析認知行動療法から導き出した、

欲望理論、認知行動療法からは、曝露反応式と曝露反応表を作った。そして、ゲームが生み出す、ゲーム療法、音楽の癒やし、アニメの創造性、ラノベの希望。そして、最後に今一番信頼できる、360度思考(全天球思考)。こういう物が私の防具となるものだ。

名前を連ねてもどの様なものかは、分からないだろう。しかし、ここでは敢えて詳細に語ることはない。しかし、それらが私の防具であり私の心を守っているモノなのだ。

私は、こういったことを考えるのが好きだから、心理士には向いているかと思う。しかし、病気はそれを許さない。今の私は、W5H8働く力が無い。それは、体力ではなく、脳力、つまり精神の力だ。だから、私は、上を目指すことはしない。上と言っても、私はスターゲイザーが好きなので、星を見ることは好きだ。星とは夢であり、希望である。だから、いつかどんな形でもいいから私は夢を叶えたいと思う。

 

 

 

私の武器

私が有している武器は、一つは、このエイサーのChromebook小鳥遊六花ラクス・クライン仕様)それから、ipod 5th with video(17年目)、中古のビクターのMDコンポ。(ウーハー、スコーカー、ツィーター装備)3000円で購入した17インチビエラ。(MDコンポと光デジタル出力で接続済)そして、たたき売りで売っていた鬼滅の刃のCampusノート×30冊。それから、OPPOリノ7a(スマホ)、PSvita1000(青、赤、白)Newニンテンドー3DSLLメトロイドサムスエディション)、ヤイリのアコギ、EGOISTのCD、recheのCD。オーディンスフィアレイヴスラシルのグウェンドリンのドレス姿のフィギュア。え、と、それってただの物じゃない?と言われても、「それはそうだけど」と言う。これらは、記事を書くために必要な私のツール。武器なんだ。私は、目の覚める様な、人を覚醒させるような文章を書けない。だけれど、これらのガジェットがあるから私は、楽しくブログを書くことができる。これらがあるから書くことが生まれる。何も書くことが無くても、これらに囲まれてキーを叩けば言葉が産まれる。ただの駄文かもしれないが、それでも、私の証になる。BGMはEGOISTの『最後の花弁』。ロシアで大変なことが起きた。ナワリヌイ氏、死去。それに伴う追悼、各国の批判、そしてそれへの締付け。そんなことが起きているのに私は、私のガジェットに囲まれ、好きなことを書いている。しかし、それでいい。それしかできない。カシスの紅茶を飲んで心を華やかせている。本当に何も書くことがないんだな。もっと生産性のあることを書けよ。むしろ書くなよ。そんなことを言われても私は、駄文を連ねる。ブロガーだからな。redjuceさんのEGOISTのイラスト、いつ見ても素敵だな。EGOISTカフェ行こうかな?でも並ぶのはな、ちょっと。PSYCHO-PASS展もいきたいし、横浜のガンダムもう一度拝んでおきたい。

さて、この辺でChromebookは閉じるとしよう。

 

 

 

フラッディングと全方位モニター

私は、フラッディングに成功した。成功率0.1%以下だったが、奇跡的に超克した。

私史上三番目の奇跡だ。良くやったと思う。ここまで来るのに一ヶ月と少し雌伏の時を過ごした。雌伏というより、酷い、ボロボロの一ヶ月だった。でもチャレンジすることは止めなかった。だから、ここまで来れた。鍵は全方位モニター。RX-78ガンダムは、コクピットは前面と側面しか見えない。しかし、RX-178ガンダ厶MKⅡは、360度全方位モニターになっている。なぜその様なアニメの話をするのかというと私がオタクだからだが、これは理にかなっている。私は、フラッディングを成功させ、そこで初めて自己実現ができると思い込んでいた。面と面で対応することを考えていた。しかし、そうすると何が何でもフラッディングを成功せねばならないという気負いが生まれる。そうすると負荷が多大に掛かる。だから、私は、それを俯瞰することにした。強迫性障害の治療で認知行動療法は使われるがその中でメタ認知というものがある。例えば強迫行為(例:手洗いとか、確認とか)をしている自分を自分の頭上から眺めてみることで冷静になれるという方法だ。それを利用したつもりではなかったが実際はそれに符合することになった。しかも私なりのオリジナリティは、それを一つのメタで視点を持つだけでなく、360度のメタで対応するということを考えたのだ。フラッディングと自己実現と他の仕事や趣味、生活のこと全部をメタで見てみる。すると全ての行為を監視できるパノプティコン的なメタ認知を獲得できることがわかった。

そうして私は、一ヶ月と一週間に及ぶ苦痛の生活から解き放たれることになった。

この方法が、明日どうなるか、私の状態が明日どのようになるかは、未知だ。しかし、少なくとも今日の朝よりは清々しい朝を迎えることが出来ると思う。

昨日、『かがみの孤城』を見て流した涙は、報われると思う。

 

 

ブログ独立宣言!(再掲)

私は、このブログを独立させようと思う!ジオン独立宣言に倣って。

このブログは私の意思であり、私の象徴、そして私の意義だとする。

笑いたければ、笑えばいい。だが、私がそう宣言した以上、これからは、ここが私のテリトリーで、聖域だ。つまり私の居場所なんだ。

滑稽で結構。愚かしくて、痛々しくて、でもここは私が一番私らしくいられる所。お前は一体何がしたいんだ?その問には答えよう。私は、私を打ち立てようとしているのだと。このブログを私の表現の場にすることが私の使命だ。

それができるのか、否か。そこが分かれ道となる。言ってしまった以上私は、ここを守り続けなければいけない。はてなブログがサービスを停止してしまったら、どうする?場所を変えて続けるだろう。だが、兎にも角にも私は、ブロガーであるということだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの日記書きということだ。それが私の限界であり、私自身の力ということである。

私は、ここがある限り書き続けよう!何も生み出さない?でも何か産むかもしれない、ただの日記書きの自己表現。そうかもしれない。だが、それでも、私は、ここを私の唯一無二の場所だと宣言する!そう、朱乃紅スキゾ日記。それが私自身の写し鏡である!

一度恥ずかしさのあまり、削除した記事だが、再掲する。やはり私の根幹を述べていると思ったからだ。私は、ブロガーであって、それが一番私らしいと思った。

再掲するにあたって大幅に加筆修正した。否定的なものを肯定的に述べることにして、私にとってここが必要なのだということを明示した。もう恥ずかしがることも無いと思う。私には、この朱乃紅スキゾ日記が必要不可欠なものだから。

 

 

 

 

 

 

自涜、自罰、自戒、自責

フロイトの患者がフロイト自由連想で聞かれた。

フ「あなたは、オナニーをしたのではないですか?」

患「オーナニー(そんなことはとてもの意)」ドイツ語??

こんな様な対話があった気がする。多分適当だから間違っている。

でも大体そういうこと。フロイトは言い間違いから患者の真意を引きずり出す。

俺は、まあ、オナニーは気分次第でやっているよ。

でもね、本当に大事な時や、本当にやらなければならないことがある時、自慰行為なんてやっている場合じゃないんだよ!

だが、ほんの少しの気の緩みが劣情を呼び起こし、私を惨めなオナニーボーイに貶める。オナニーをする時は、気力体力十分な時にやるのが一番気持ちがいい。

しかし、人はどん底にある時自慰行為をすることがある。

宮本輝の『流転の海』3部までしか読んでいないが、

そこでヤクザの男が追い詰められ、死の間際、森の中、草むらで自涜をする。

どんな気分でそういうことをやるのだろう。まさに、死の恐怖を和らげるためにやるのだろうが、きっと、それは、ほんの一瞬の煌めき、まさに慰めにしかならないだろう。

でも、人間は、追い詰められたときに自分でも考えられない行動を起こしてしまう。

戦いに向かおうとしているのに、酒に溺れたり、大事な仕事があるのに、休んでしまったり。銃夢のストーリーでも、残酷な写真を撮ることが自分の生きがいなのに、それをせず、少女を助けてしまい、殺されるカメラマン。(これは良い例)今日の私は、そんな状態だった。今、戦わなくてはならないのに、逃げてしまった。そして、それは私の透徹した瞳を曇らせ、自罰の波にさらされることになってしまった。もう少しだもう少しで、あの寛解状態に戻ることができる。だから、気力を振り絞って、一点集中、穴を穿つようにブレイクスルーしたかった。

負け犬で終わりたくない。どんな人にもそれぞれの生き方がある。それを否定することは無い。だけど、失われたものを取り戻すことはできなくてもそれでも必死に生きたい。俺の戦いはまだ終わっていない。オナニー一つで崩れるような柔なハートじゃ生きてけない。もっと戦って本当に気持ちのいいオナニーをしよう!

補足だが、オナニーをする時は、実写のエロ動画でやる時より、二次元でやった方が、心の清々しさがある。なぜだろう。オタクだからかな。

 

 

ラクスと愛とポンポさん

前回、映画大好きポンポさんというタイトルを付け、次に感想を書くつもりだったが、

今、巷で騒がれている『ガンダムシードフリーダム』を見てきて、そのインパクトにやられてしまったので、まずそれを先に書くことにした。それと、ポンポさんとの対比も考えてみたい。両作品のネタバレを含みますので、未見の方や知りたくない方は、お引き取りください。

まず、今回の『劇場版ガンダムシードフリーダム』、なんというか度肝を抜かれるストーリー展開になっていた。テーマは”愛”ということでまさに愛が全面に放射されていた。コンパスという新たな組織をラクスが立ち上げそれ自体は、まさに00のソレスタル・ビーイングと似ている。やはりここにもオマージュがある。総裁のラクスを筆頭に、戦闘部門でキラ、シン、ルナマリア、新登場のアグネス、またデスティニーで登場した三連星もいる。それらが各地の紛争に軍事介入するのだが、そこまでは、まだモビルスーツ戦を楽しませてくれた。新しいキラの機体ライジングフリーダ厶ガンダムは、ヒーロー然としてない。これは、Zで言うところのガンダムMKⅡを彷彿とさせる。だが、それから新興国ファウンデーションに移ってから、ラブコメが始まる。オルフェというその国の王子?らしき人物がラクスに異様に構い始め、そこからそのオルフェの部下のシュラもアグネスに秋波を送る。ルナマリアとシンは前回の続きで付き合っている様になっているが痴話喧嘩状態。キラは、オルフェに圧倒されてヘタレっぷりをみせている。もう前半40分くらいで私は、眠くなり出した。先に見たサークルの友人に聞いたところ「シードじゃない」と言っていた。まさにそうだ!確かに今までガンダムシードには恋愛描写は多かった。だが、それは、物語を深め面白くさせるためのスパイスだった。寧ろ前作までは恋愛よりも友情を重視していた趣がある。しかし、今回のフリーダムは恋愛がもろにメインになっていた。私は面食らった。だが、それも見ていくにつれて私は福田己津央マジックに掛かっていく。恋愛を基軸とした人間関係から段々と謎が解けてきて、ラクスの毅然とした態度が神々しく見え、そしてラクス構文と言われている、「必要だから愛するのではありません! 愛しているから必要なのです!」という名言が飛び出した頃は、私はラクスの虜になっていた。そうだ!このフリーダムの主人公はキラではなく、ラクスなんだ!そう思った。それからモビルスーツ戦になっていくと加速度的にそう言った人間関係やら恋愛感情やらが進み、そこにふさわしいモビルスーツがバンバン登場して、キラの最強のフリーダムも帰ってきた。前半の眠気は吹き飛び、私はスクリーンに釘付けになった。前評判や情報を入れずに鑑賞した今回の劇場版シード、そこには、福田己津央監督の20年に渡る思いが詰まっているのだと思った。奥さんのこともあっただろう。そして、田中理恵。彼女はまたしてもシードで花開いた!最後は満足して劇場を後にできた。個人的には、ルナマリアが好きなので角が取れたシンと上手くやっているようで嬉しかった。ルナとアグネスの戦闘シーンもZのオマージュだったな。

と、ここまでがガンダムシードフリーダムの感想。その前にdアニメで見た『映画大好きポンポさん』についても少し言及しよう。この映画は、冴えない映画オタクで、映画プロデューサーのポンポさんの付き人ジーンが主人公。映画自体はアメリカナイズしているのにキャラデザはSAOのキャラデザもやっていた足立慎吾さんの手に掛かると可愛らしくポップになる。そしてポンポさん自身もまさにキュートな二次元キャラ。しかし、主人公はジーンなのだ。そして、これまた冴えないヒロインのナタリーは駆け出しの俳優。その二人がポンポさんのお眼鏡に叶って、ジーンは監督に抜擢、ナタリーをヒロインに仕立て上げ、(主演は、マーロン・ブランドみたいな名前のマーティン・ブラドック)映画作りが始まる。私は、映画の裏側など全く知らない人間だったので、フィルムの編集場面や撮影機材、舞台、そういったものが二次元キャラでしかもリアルに描かれていることに感動した!シードとは全く毛色の違う作品だが、エンターテイメントとしては、どちらもジャパニメーションだ。でも、ポンポさんはそれをあえてハリウッドの様なニャリウッドを舞台にしていることでとっつきやすくそれでいて深みのある作品にしたのだと思った。さて、今日のブログはここまでにしようと思うが、最後に、私は、フラッディングを試みている。その言葉を知る必要は無い。私は、まだ、戦いの最中ということだ。できるならお正月頃に戻りたい。けれど、それは、無理なこと。タイムリープはしない。だから、挑むんだ!面倒だけどね。